上間綾乃が7月20日に2年ぶりにアルバム「魂うた」をリリースするので、インタビュー記事と、YouTubeによる「さとうきび畑」の動画から沖縄戦を歌い継ぐアーティストたちの心を紹介します。
音楽ナタリーの記事から引用
上間綾乃が約2年ぶりとなるニューアルバム「魂うた」(まぶいうた)を7月20日にリリースする。
本作には、上間のルーツとなる沖縄民謡をはじめ、加藤登紀子の「命結-ぬちゆい」のカバーや、「さとうきび畑 ウチナーグチver.」、自身が作詞作曲を手がけた「アマレイロ」など全7曲を収録。“唄者”としての原点を見つめ直した、ありのままの上間綾乃の姿が濃密に詰め込まれている。
前作からの2年間を「有意義な時間だった」と彼女は言う。果たしてその2年間の経験がどのように作用して本作の完成へとつながっていったのか? 本人にじっくりと話を聞いた。
取材・文 / もりひでゆき 撮影 / 塚原孝顕
歌うことがすごく楽しい
──約2年ぶりとなるアルバムが完成したことへの気持ちをまず聞かせてください。
まずは、やっとまた新しい作品ができたなっていう喜びがありますね。あとは、この作品を出すまでに2年かかってしまったんですけど、その期間があったからこその心持ちで制作に臨めたし、その期間があったからこその楽曲たちがそろったなって思います。
──上間さんにとって、この2年は大きな意味を持つ時間だったと。
とっても有意義な時間でしたね。この2年の間に歌を披露するためにハワイへ2回行ったんですけど、人とのつながりをより実感することができたんですよ。遠いハワイという地には、私と同じ沖縄を故郷とする方がたくさんいらっしゃるので、そういう方々と改めて触れ合えたことがこの作品にすごく生きていると思うんです。
──そもそも上間さんが“唄者”として生きていく決意をしたのは、13歳のときにハワイを訪れて、そこで暮らす沖縄系移民の方々の前で民謡「懐かしき故郷」を歌ったことがきっかけだったわけですもんね。
そうそう。その気持ちを改めて思い出せました。
──だからですかね、本作には上間さんの音楽的ルーツや唄者としての原点が詰まっているような気がしたんですよ。
歌うことの楽しさ、そして伝えたい思いがあればたくさんの人に届けられるということ、そして何より、もっともっと楽しまなきゃと改めて思えたというか。そういうシンプルな気持ちで制作することができたんですよね。
──歌うことを楽しめない時期もあったんですか?
私も人間ですから、気持ちがあっちこっちに行っちゃうことはあるんですよ。もっとできるはずなのに、なんで思った通りに表現できないんだろう、とか思うこともあるし。自分の中でもどかしい感じがあったりすることもありました。
──でも、「もう歌うのやめた!」ってことにはならないわけですよね。
それは絶対にないです(笑)。歌うことで経験できる楽しさをわかってしまっているから、どうしたって嫌いにはなれないですよ。ちょっとつらいなって思うことがあったとしても、そこは絶対に揺らがない。どんな形でも私はずっと歌っていくと思っているし、この作品を作れたことでまた歌うことがすごく楽しくなってきてますからね。
1stアルバム以来の井上鑑とのタッグ
──本作の制作はいつ頃にスタートしたんですか?
3月くらいから始めました。今回サウンドプロデュースをお願いした井上鑑さんとは1stアルバム(2012年5月発売の「唄者」)以来のお仕事で。「また一緒に曲を作りたいね」っていう話からスタートして、曲を一緒に作るだけじゃなく、全体のプロデュースをお願いすることになりました。共作以外の曲たちを1つひとつレコーディングしていく中で、鑑さんと共作曲のイメージを膨らませていく感じで、最後に共作の「南風にのって」という曲ができました。
──アルバムの中には既発曲もありますね。インディーズ時代のオリジナル曲「ミカヅキの夜に」の再録と、今年6月に配信シングルとしてリリースされた「さとうきび畑 ウチナーグチver.」です。
「さとうきび畑 ウチナーグチver.」は、戦争で失われた森と自然を取り戻そうとするプロジェクト・Green United 2の活動の一環としてリリースさせていただいたもので。この曲をウチナーグチで歌うきっかけをいただけたこと、そしてそれをGreen United 2のイベントを通してハワイで歌うことができたことが私としてはすごくうれしかったです。
──「ミカヅキの夜に」を改めて再レコーディングしようと思ったのは?
この曲は長いこと歌っていなかったので、今の自分の気持ちで歌ったらどうなるのかなと思ってライブで一度歌ってみたんです。そしたら、気持ちがとってもすがすがしかったんですよね。18、19歳くらいに書いた歌詞なんですけど、歌っているとその当時のいろんな場面がフラッシュバックする感じもあって。そういう感覚で歌えたことが自分にとって新鮮だったので、じゃあ改めてレコーディングしてみましょうっていうことになったんです。
──当時の歌詞をどう感じました?
10代の私はこんなこと思ってたんだなーって(笑)。今の私からはたぶん出てこない言葉たちだけど、だからこそいい部分があるなって思いました。今は今で、30歳の私にしか書けない言葉がありますしね。
──でも曲の中で歌われていることは年齢によって大きく変わるものではないですよね。すごく普遍的というか。
うん。年齢を重ねたとしてもずっと共通して抱く思いだとは思いますね。今回のアレンジは、チェロが本当に素敵なんですよ。鑑さんがアレンジを上げてきてくださったものを聴いた瞬間にはもう、言葉にならない唸り声みたいなのが思わず出ちゃいましたね。「んー! あー!」みたいな(笑)。
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魂(まぶい)うた
まとめ
「さとうきび畑」という歌の概要をWikipediaから引用します。
1964年、寺島が、歌手・石井好子の伴奏者として本土復帰前の沖縄を訪問した際、摩文仁の丘を観光して着想した作品。 第二次世界大戦末期の沖縄戦で戦死した人々が眠る、夏のさとうきび畑に流れる風の音が繰り返される。全部で11連からなり、通して歌うと11分近くを要するため、大抵は要所要所カットして歌われる。2001年には後述の森山良子が「特別完全盤」として11連全ての詞を歌ってシングル発売しており、収録時間は10分19秒だと紹介されている。
第二次世界大戦を通して、沖縄の人々は日本で最も激しい地上戦を戦い抜いた。その激戦沖縄戦を通して、日米両国、無数の人々が敵味方殺し合い、そして集団自決した事例もみられる。数え切れないほど多くの戦死者・自決者たちが今なお「さとうきび畑」の下に眠っている。作者の寺島は、1972年に日本に復帰する前の沖縄を訪れて、作品中「66回」繰り返される風の音[1]を考えたという。
歌の主人公はひとりの少女である。少女は沖縄での戦闘で死んだ父親の顔を知らない。やがて大きくなると、ひとりで父親を探しにさとうきび畑に行く。父はなぜ戦い、なぜ殺されたのか、なにを恐れ自決したのか。通り抜ける風の音を聞きながら静かに悲しみを訴える。
作曲者によって、混声合唱、女声合唱にも編曲されており、混声合唱版はCD化されている(『寺島尚彦合唱作品集』フォンテック)。
上間綾乃は「さとうきび畑 ウチナーグチVer.」で沖縄方言で歌っています。ウチナーグチとは沖縄方言での「沖縄方言」のことを言います。
さとうきび畑 〜ウチナーグチ 上間綾乃 RBCニュース
作詞の段階で言葉を選んでいるのは、末永く歌い継がれてほしいという願いからではないでしょうか?
言葉は消えてしまうから、いつの間にか強烈な表現になりがちです。しかし、それでは本質が伝わらず、感情のみが伝わってしまう。本当に伝えたい想いとは感情ではなく真実だから。生命体は死ぬことで進化してきましたが、戦争は進化しない死を大量生産してきました。その根源は感情。冷静な対話が真実を伝えます。
人類が進化するためには、安全で平和な世の中にすることこそが最優先課題だと思います。
「死は生命の最も素晴らしい発明だ。」by Steve Jobs
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